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ひいら

Author:ひいら
『カードヒーロー』を
愛してやまないプレイヤーの一人。
このゲームのルールの凄さ、
素晴らしさを世界中に広めること、
それが僕の生きる意味。

このブログは、
『カードヒーロー』をメインとしながら、
デジタルに限定しない様々な遊びや、
普段考えていることを
徒然なるままに記していくブログです。

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1を笑う者は1に泣く

「2回連続で~」等と書いてしまうと、
次のコラムを仕上げないことには他の話題が書けなくなってしまうため
その間に思いついたネタが無駄になってしまうという危険性が…。



お待たせしました、「1」に関する話題、後半。
前半とは別の切り口から「1」についてのお話。

先週末開催した交流会には、僕を含めて7人もの参加者が集まった。
大変ありがたいことで、参加者一人一人には感謝しても感謝しきれない。
7人と言う久々の大所帯の人数も、
1人1人の参加が積み重なった結果として生まれたもので、
誰か一人でも欠けると達成できなかった。

これが、200人と言うとんでもない人数の大会になったとしたら、
僕は参加者全員に直接感謝の言葉を伝えられるだろうか。
まず…不可能に近い。
まだ200人なら、努力次第では可能かもしれないが、
バリバリの社会人が年賀状を送るがごとくの労力が必要になるだろう。
…参加者数万人のイベントだと?絶対に不可能だ。
一斉にメールを送ることくらいはできたとしても、
そこに心がこもっている可能性はゼロ。

どれだけの規模のイベントになろうとも、最終的に
「●●人の参加者が集まった」という事実の裏には、
各参加者1人1人の積み重ねがあり、
彼らのうち1人でも欠けていればその人数は到達できない。

そのことを、忘れてはいけない。


小説を書いて、友人に読んでもらったなら、
読んでくれた友人には感謝をするだろう。
だけれど、小説をいざ出版して、3万部が売れたとき、
果たして3万人に感謝をすることができるだろうか?
小説には謝辞がついていて、
確かに読者に対する感謝の気持ちは綴られている。
だけれど、それは読者1人1人をイメージしながら書いたものだろうか?
心は、こもっているだろうか?
少なくとも、最初の友人に対して抱いた感謝の念とは、桁が違う。
願わくは、友人への感謝のような、純粋な気持ちを忘れないでほしい。
作者の顔や素性すら知らなくても購入してくれたのだから、
感謝の念は友人へのそれ以上であってもいいはずだ。

小説に限らず、あらゆる商品は、この性質を持つ。
商品は、有形無形に拘わらず、
必ず誰か、人間によって享受されるのだ。


不謹慎な話題になってしまうけれど、
テレビで「××により2人が死亡」という不幸な事件が起こったとした時、
そこには2人の不幸があり、そのニュースを見た我々は、
2人分の同情を感じるかもしれない。

一方、6月23日の段階で
東日本大震災による死者数は1万5482人にものぼっている。
この死者数の背景には、1万5482人分の最期が潜んでいる。
だけれども、我々はそこに1万5482人分の同情を感じるだろうか。
2人の場合の”7741倍”分の悲しみを、感じるだろうか?


選挙でも同じようなことが言える。
総数40人弱のクラスで学級長を決める場合、
自分へ投票してくれた人には、
1人1人感謝の意を伝えることができよう。
(誰が投票してくれたかが分かれば、の話だが)
だけれども、総数何万票もの投票がある、政治家の選挙だと?

おそらくは、有権者は感謝されることなど望んではいない。
むしろ仕事をまっとうしてくれればそれで十分だと思っているだろう。
だけれでも、立候補者は投票してもらったことに感謝してるだろうか?
傲慢に自分が正しいんだと錯覚していないだろうか?
「民衆の代弁者である」という一番大事な部分が、
抜け落ちてはいないろうか?


数が大きくなると、いつの間にか、私たちは誰しも、
その大きな数が、1つ1つの積み重ねであるという事実を、
忘れてしまいがち。

だがその1その1を無下にしているようでは、
いつ足をすくわれてもおかしくないことを自覚するべきだ。

ストーンを1コ無駄にするプレイを続けていれば、
その報いが必ずいつか来るように、
1円を軽く見る者には、いつか1円で泣く日が来る。
顧客1人を軽んじるならば、その企業の存続は危ない。
支持者1人1人のことを考えていない政治家に、
未来など託せるはずがない。
1人1人を救えないようでは、1万5482人を救えるわけがない。



最後に思い出話を一つ。

真夏に欲しい缶ジュースを買うために必要な金額が1円足りず、
コーヒーで我慢せざるをえなくなったことがあります。
初めて「1円を笑う者は~」の意味を噛みしめた瞬間でした。
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コメント

1人1人への感謝や想いを忘れてはいけないというのは同意しますけど
1人を重んじたくても1人の力では出来る限界があるのも事実
感謝の気持ちを伝える、想いを形にするってのは大変なもんですからな

このジレンマに悶えるのが人間なのかもしれませんな

コメントありがとうございます

>はやんぼさん
1人の力には限界があり、全員に感謝することは不可能に近い。
「では、どうすればいいのか」が本記事には抜け落ちてしまっていますね。

実際どうするべきか。
それは、できるだけたくさんの(感謝すべき)人に会おうと努めること。
そして、会えた人にはできるだけの感謝を持って接すること。
今、ここでしか会うことのない、一期一会の相手ならばなおさら。
これが結局のところ人間ができる最善なのかもしれません。

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